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庭に百合があるとわかったとき、私はとても嬉しかった。
百合は大好きな花なのだ。
二十代ぐらいのころ、カサブランカを花屋でよく見かけるようになって、その優雅さに魅了されたが高くて手が出なかった。
もうちょっと年をとってからは、山百合が好きになった。毒々しい外見や強い匂いが嫌いな人もいるかもしれないが、私には可憐に映る。山のちょっと日陰になったところで我関せずという風情で生命を謳歌する姿が、自分勝手でおおらかな美少女のようだな、と思う。
だけど、私が百合を特別に思うきっかけは、記憶のいちばん底にある、ありふれた白いテッポウユリだった。
生家がもっとも金があった時代、私は池袋の一軒家に住んでいた。たぶん2歳から5歳ぐらいだっただろうと思う。以前にも書いたが、父が汚職の片棒を担いでいて、母は遊び呆けていた。
私にはいつも乳母があてがわれていた。一番覚えているのは私にザ・タイガースを教えてくれた高校生のかずこ姉さんだが、その前に、確か「みいこんこん」と私が呼んだ女性がいたのだ。
みいこんこんは、母の遠縁の女性で、本名を「みよこ」というんだそうだ。これは後年母から聞いた話である。
母の実家は岩手の寒村の出身で、村で一番の貧乏から、上京して出世頭に成り上がった。そうすると、こちらから呼び寄せたり、あるいは頼って上京してくる「遠縁」が後を絶たなかった。なんだか少し前の中国を見るようである。実際、叔父=母の弟の経営する会社の古株はみな、同じ村の出身者だ。みいこんこんも、性格のよさを見込んで、母が呼び寄せた若い娘だった。
みいこんこんの顔も、いまはろくに思い出せない。なんとなく、地味で大柄で、エラの張った女性ではなかったかと思う。だけど印象としてはすごく可憐な人だった。そのみいこんこんの、なぜか浴衣姿と白いテッポウユリが、私にとってはワンセットの「夏の記憶」だ。
なにがどうしてそうなったかはわからない。ただ、その夜、私はすごく泣いていたと思う。脚が痛かったのだ。
私は中学生ぐらいになるまで、三日とあけずに脚の痛みに悩まされた。膝と足首を中心に広がる、重く鈍い痛み。いまでは、それは「成長痛」というものだったのかなと思うが、それにしては長かった。「来るな」と夕方ぐらいからわかる。日が暮れると本格的に痛み出して、一晩中苦しむのだ。とくに疲れた日や、脚を冷やした日などはひどかったように思う。
みいこんこんは、とてもきれいな浴衣を着ていた。もしかしたら近所でお祭りがあったのかもしれない。彼女にとっては心弾む夜だったろう。それなのに、私は脚が痛くて泣いていた。みいこんこんは、一晩中、私の脚をさすってくれた。さするぐらいでとれる痛みではなかったが、多少薄らぐ気がするのだ。いまならとても申し訳なくて頼めないが、当時の私の全宇宙は痛みだけだったので、当然のことのようにそれを受け入れた。
部屋には白いテッポウユリが匂っていた。こぼれるような白百合が、闇にぽうっと浮かび上がって、辺りに低い雲のように香りがたちこめていた。飾ってあったのか、それとも庭にあったのか。記憶の断片には、テッポウユリを抱えるみいこんこんの姿もあるような気がするので、あるいは贈り物だったのかもしれない。誰からかはわからない。
子供心に、みいこんこんを聖母のようだと思ったかどうかもわからない。当時はカトリック系の幼稚園に通っていたはずだが、私は敬虔な感情というものから程遠い子供だった。ただ、白い百合を見るたびに、あの清らかで甘い香り、夏の夜の重い空気、白地の浴衣、みいこんこんの温かい手、それらが一体となって思い出される。
乳母さんは、どの人も1年以上はいなかったように思う。みいこんこんも、いつの間にかいなくなってしまった。年頃の娘さんだったし、故郷の岩手に帰って結婚でもしたのかもしれない。
母によれば、私はとてもみいこんこんに懐いていたというのに、その後の動向をまったく知らないのだ。きっと母に聞こうともしなかったのだろう。
子供なんて薄情なものである。いや、大人だって薄情だ。
私は、その昔、小学生ぐらいの頃に、
「この世には二度と会えない人ばっかりなのだ」
ということに気づいて大変憂鬱になった時期がある。学校の先生も、角のお店屋のおばちゃんも、昨日すれ違っただけの人たちも、たぶんいつかは「二度と会えなく」なるのだ。これは別に死の想念ではない。卒業とか、引越しとか、そういう物理的な理由でふと離れると、「会おう」という強烈な意志なしに、再会することはあまりない。ましてや道ですれ違っただけの「一期一会」まで含めると、「二度と会えない人」の数は膨大なものになるのではないか。
そう考えて、なぜか憂鬱になったのである。
いまではさすがにそこまで真剣には考えないが、ぼんやりと寂しい感情にとらわれることはある。しかしその次の瞬間に「ま、それも人生だ」と考えることのできる分厚い精神的皮膚も身につけているので、あまり応えない。
みいこんこんはどうしただろうなと思う。年齢から言ってもうおばあさんだろうな。母よりは若いのだから存命ではあるだろう。たぶん。母に言えば会えるかもしれない。だけど会ってどうするというあてもない。
私は恩知らずだなあと思う。そんな感情を抱く相手が、けっこういる。
でもきっとそれも人生なのだろう。
posted by ショコポチ at 10:50|
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